羽咋市柴垣長手島ー能登の白ウサギ

2011年8月19日(金)に寄る。

長手島。
柴垣の砂も千里浜と同じくきめ細かく、砂浜に車を走らせることができる。

能登の白ウサギ」案内板

「むかしむかしそのむかし出雲の国から能登の国までの日本海を気多の海とよんでいました。
大国主命が国土開発のため能登へおいでになったり、また海流の影響で出雲との文化の交流がさかんでありました。
ある時能登の白うさぎが長手島の妙成岩より滝崎までサメをだましてとびわたったため、体の毛をむしりとられ赤裸になり苦しんでいました。
大国主の滝崎にある「がまのほ」を用いればよいとの教えで一命をとりとめました。
今でも滝崎と邑知潟に「がまのほ」がたくさん生えております。
羽咋市観光協会

8月19日がこの島の七面堂で「七面山夏季大祭」が営まれる。
営むのは長興山本成寺日蓮宗)。
20日は「20日エビス」の日で、熊甲、飯田など20日に祭礼を営むところは多い、本成寺でも、引き続き稻荷大明神大祭が営まれる。


大漁旗が見えたので、何だろうと思い、長手島へ寄ってみた。

島の先端部に「八大龍王堂」がある。
古事記に載っていて有名な因幡の白兎は、隠岐から気多の前にウサギが渡る話である。
長手島は、気多の入り口ともいうべき島で、ここに同じ伝説があるのは、当然といえば当然。
隠岐から能登の気多のスケールの話であっても不思議ではないが、隠岐=長手島、出雲の気多=能登の気多の話になっている。

参考・因幡の白うさぎ(稻羽の素兎)

古事記上巻』(岩波思想体系1、p61〜)
「故、此の大国主神の兄弟、八十神坐しき。
然あれども皆国は、大国主神に避りまつりき。
避りまつりし所以は、その八十神、各稻羽の八上比売を婚かむと欲ふ心有りて、共に稻羽に行きし時、大穴无遅神に袋を負わせ、従者として率て往きき。
是に気多の前に至りし時、裸の兎伏せりき。
しかして、八十神其の兎に謂ひて云らししく、
[以下ほぼ直訳]
汝は海塩を浴び風にあたって山の頂に伏せっていなさい、という。その通りにしていると塩が乾き風に皮が引き裂かれ、痛み苦しんで泣き伏せっていると、最後に通りかかった大穴无遅が、兎を見て汝はどうして泣き伏せっているのか、と言った。
兎が答えて言うには「僕は淤岐(隠岐の島にいて、ここに渡ろうと思うけど渡る方法がなかった。そこでワニ(鮫、フカ)をだまして、兎とワニ一族とどちらの数が多いか数えようと思う。それで、一族をすべて連れてきて、この島から気多の前まで皆伏渡れ。その上を踏み走って数を数えよう。
その通りにしたワニの上を踏み渡って、地に降りる時、「汝、我に欺か見つ」と言い終えると端のワニが私を捕らえ、私の衣服を剥いでしまった。それで泣き憂えていると先に行った八十神が塩を浴びて云々という。その通りにしたら、ますますひどいことになったという。
そこで大穴无遅神は、すぐに水で体を洗い、そばに生えている蒲をを敷いてその上を転がれば元のようになるだろう、とおっしゃる。
その教えの通りにすると、元のようになった。この稻羽の素兎(因幡の白兎)は今、兎神という。
そこで兎は大穴无遅神にいうには、この八十神は八上比売を得ることはできない。
袋を負っているけど、あなたが獲るだろう。ともうした。
…」